哲学 書評

【書評・感想】「自分の中に毒を持て」 人生と闘うすべての人へ。

こんにちは。きつねこです。

半年くらいブログ更新してなかった。やばいね。もう誰もこのブログ読んでないと思うけど、自分の為に読んだ本のアウトプットするよ!

ずっと読みたかったんだけど、なぜかAmazonで注文するのを延期していた岡本太郎の「自分の中に毒を持て」を書評していきたい。

というのも私程度のちっぽけな人間が岡本太郎氏の頭では理解できない人生哲学を書評しようだなんて烏滸がましいの一言に尽きるのだが。やはり読了感というのは、なんというか、ありふれた感情だが、「感動... 生命感...生きるということはこういうことだったのか」と気づかされた感じである。

打算で生きない岡本氏の生き方。苦しく傷つくことを厭わない。むしろ、傷つくことで生を実感出来る。自分の気持ちに正直に。誰かの目など気にしないで。時にキチガイ染みた言動や行動。

社会からは理解されないでしょう。社会から理解されようとも思わない。むしろ社会から遠ざかっていく、社会に盾突く、生きることすら危険にさらす。

そういった命をも省みない。自分だけの正しさを突っ走る生き方は危ない気配も感じさせながらロマンを感じさせ、人生に対し闘っている方すべてに響く本ではないかと感じました。

 

「熱く生きる」 それ以上でも以下でもない。

私が岡本氏の本を読んで感じたのは「熱く生きる」ということ。

この一点に尽きると思う。

「熱く生きる」ための岡本氏なりの持論や岡本氏の生い立ちを持ち出して解説している書であると思ったら良いと思う。

ただ、この「熱く生きる」ということが容易ではない。生半可なものではない。

自らの意志・感情に従う。人間関係・社会で自分を貫き通す。挑戦する覚悟、時に自分を痛めつけ、絶望の淵に立っても良いという覚悟。危険な道を取る覚悟。

岡本氏の言葉を拝借すれば、「自分を殺す」ことができないと熱く生きることはできない。熱く生きるということは「自分を殺す」ということなんだ。

ただ、これが難しい。でも難しいからこそ生きているという魂のゆさぶりがあるのではないのか。

敵は自分自身なんだ。

ありふれた言葉だが岡本氏が発する言葉は重みが違うし、内容も違う。ニュアンスが違う。過程が違う。

誰もが発したことのある言葉でも岡本氏が発すると誰よりも重くなる。

そんな圧倒的な信念が感じられる。


 

理論じゃない。頭じゃない。感じるかどうか。

岡本氏の人生哲学のすべてに共通していると言って良いのは、頭で打算的に考えていないという点だとも思う。またそこが岡本氏のすべての魅力と言っても良いと思う。

世の人は、打算的で合理的、計画的で効率的。そして、社会での安定的な地位を確保し、そしてその地位を確実なものにする。

自分の人生をより安定させること。少しでも社会的地位を確保すること。少しでも楽に生きること。効率的な行動で最大の利益を生み出すこと。

人生をいかに切り抜け、いかに上手く立ち回れるか。世渡りを要領良くやるか。

そういった生き方を社会は推奨し礼賛する。

だがそんなそんな生き方をしていれば、本当の人生の”歓喜”は掴めないと岡本氏は言う。むしろ、こういった生き方を岡本氏は酷く嫌悪しているように感じた。

むしろ、生きるというのは傷つきの中にあると。生きていいる実感、生きている歓喜、生きている生命感はあえて困難な道を選ぶから実感できると。

不器用でも良いから当たって砕けろ。存分に苦しめ。そして生の実感を感じろ。

どちらかと言うと、ニーチェの哲学にかなり類似した印象を私は受けました。というより、ニーチェより過激さは増しているのかも。

そういった印象です。ニーチェの言葉と類似した言葉がいくつも出てくるのでそういった点も面白いです。

 

私と岡本氏の共通点

どうでも良いが、私と岡本氏との共通点だけ、書きたいと私ながらに思った。

共通点と言っても大したことではないのだが、「社会への嫌悪感」への共通点は私も同様持っていたようです。

勿論、私が嫌悪していることと岡本氏が嫌悪していることへの対象は違うのだけれども。

岡本氏の芸術を通してのメッセージは嫌悪する社会への挑戦やメッセージ性なども含まれているようでした。

ただ私のように社会に対して嫌悪感を持っているということを後押ししてくれたような印象も私は受けました。

それすらをもエネルギーに変えてしまえと。キチガイになってしまえと。

生きている動機は何でも良い。嫌悪や憎悪や復讐心、見下しの感情でも破壊の感情でも良い。その感情を大切にお前の人生を炎を燃やせと言っている本だとも感じました。

社会のしきたりなどに屈せず、自分を表現しろと。

自分を貫け。ただそれだけである。

 

 

まとめ/ 理解できない、説明できるものではない、感じるもの

正直言って、私が岡本氏の哲学を解説出来るレベルではないのは承知ですし、そもそも解説出来るものでもないです。理解できるものでもないです。

理解や説明といった範疇は当に超えて、感じるものというべきものだとも思います。

ただ、人にもよりますが、読んで胸にぐっとくるものがあるのは確かだと思います。

はっきり言って、狂っていると思います。なんならどれだけ狂えるか。どれだけ自分や社会と格闘できるか。どれだけ自分を殺せるか。

岡本太郎氏の境地までたどり着くことは私はできるのでしょうか。

また、読み手の人生に誰にでもヒントになる言葉、思考。ありとあらゆる解釈が出来る本だとも感じました。

考える本ではない。感じるべき本。また、読者自身が岡本氏の情熱や覚悟を持って社会や自分自身と格闘するということ。読者それぞれの人生があり、そこで岡本氏の感覚を少しでも感じ取る、昇華する。

その体験や感覚を味わうことこそこの本を読んだという本当の意味になるということ。

ただ一つ断言できることとすれば、私程度の人生経験では語れない、解説できないほどの深い本である事は確かです。

ありふれた言葉だが、重みが違う。

生きている重みが違うということを実感させられる一冊だということは間違いない。


 

 

 

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