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オランダで安楽死制度の導入が検討されているらしい。 素晴らしい傾向。

こんにちは。きつねこです。

最近ブログサボっててなんか書かないとな~って思っていたので書きます(笑)。

やはりブログネタはツイッターなどからもとても参考になる題材が多いのでツイッターで目に留まったものを書いていこう。

 

 

ツイッター眺めていると流れてきたのでこちらについて。

このサイトに直接飛んでもらった方が分かりやすいですけど、どうやらオランダで「人生終わった」と思っている方にも適用される安楽死制度が導入されるか検討している段階みたいです。

 

しかし、「人生終わった」と思っている方でも60歳以上でないと受けられないなど、一定の基準はあるみたいですけどね。

まぁ、若者の貴重な労働力は死んでもらっては困る!というお国の都合が見え見えですね。

若者までバタバタと死んでもらってはお国が成り立ちませんから・・

 

でも完全な安楽死制度とはいかないまでも僕はこういう傾向は素晴らしいと思っています。

早く日本でも60歳以上という条件付きでも良いので少しずつ導入を考えても良いんじゃないかと思う。

 

むしろ、安楽死ってネガティブに考えられているけど、実際の所めちゃくちゃポジティブな効果を生むとさえ僕は思ってる。

実際の所80、90にまで年老いてまで人生生きたいと心から願っている人なんてほとんどいないんじゃないだろうか。

本心では楽に早く死にたいと願っている人は多いはずなのである。

 

それに、生きたいから生きているのではなく、死ねないから生きているという人も多いはず。

 

安楽死を受けられる年齢が60でも、ポジティブに60になったら楽に死ねるというある種の光も見える。

60で死ねると分かっているのなら60になるまで前向きに明るい気持ちで生きられるのではないか。

そして、安楽死を導入すれば介護する側の負担軽減、延命治療を受けずに楽になれる、介護費の税金削減など、介護する側、される側、国の負担の3者にとってもメリットしかないので、はっきり言って安楽死を導入しない流れの方がおかしいのである。

 

 

そして、そもそも論から言って生きるという行為は万人の救いではないのだ。

死ぬという行為こそが救いの人たちもたくさん存在する。

そのような人たちは「死」こそが救いであり、安楽死は殺人だ、非人道的だとわちゃわちゃ喚く思考停止野郎が一定数いるが、その本人が死にたいと言っているのだからこそ、安楽死は救いの殺人なのである。

むしろ死にたいと言っているのに、それを認めない方が非人道的だ。

 

安楽死とは慈悲の塊なのだ。

 

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